きっかけは、ふとした違和感でした
ここ最近、自分なりにいろいろ作って試していました。自宅サーバーを建てて、サービスを並べたり、AIと自動化を組み合わせたシステムを構築したり。技術的にはそれなりに面白いものができました。
でも、ある日ふと思いました。
「これを突き詰めて収益化するのが、本当に自分がやりたいことなのか?」
仕組みが回り始めると、自分の出番がなくなります。完成した瞬間が最高潮で、運用していてもなぜか満たされない。そんな違和感がずっとありました。
Claudeに相談してみました
正直に言うと、この問いに向き合うきっかけをくれたのはAIとの対話でした。
「いちばんワクワクする瞬間はどういうとき?」と聞かれて、最初は「新しい技術が動いた瞬間」と答えました。でも話しているうちに、もうひとつの本音がぽろっと出てきたんです。
「自分の作品で誰かが驚いたり、感動したり、楽しんでくれた時」。
つまり僕が本当に欲しいのは、自分が面白いと思ったものを、誰かも一緒に面白がってくれることでした。
5つの気持ち
対話を続けるうちに、自分を動かしている気持ちが5つ出てきました。
- 知りたい ― 新しい技術、新しい仕組み、世界の裏側を覗きたい
- 伝えたい ― 知ったことを自分の中だけに閉じ込めておきたくない
- 認められたい ― 正直に言えば、人に「すごい」と言われたい
- 一緒に面白がってほしい ― 「それいいね!」と共鳴が欲しい
- 人を楽しませたい ― 自分の知識や経験で誰かの世界が広がる瞬間が好き
バラバラに見えますが、並べてみたらひとつの流れになっています。
知る → 自分のフィルターで翻訳する → 伝える → 相手が楽しんでくれる → もっと知りたくなる。
このサイクルが回っているときが、いちばん自分らしいんです。
Sharing
「これを一言にすると?」と聞かれて、出てきた言葉が Sharing でした。
「共有」だとビジネスっぽい。「発信」だと一方通行すぎる。Sharingには、押しつけがましくない「よかったらどうぞ」のニュアンスがあります。それがしっくりきました。
自動システムの運用がしっくりこなかったのも、これで説明がつきます。仕組みを自動化して回すだけでは、Sharingのサイクルが回りません。自分のフィルターを通して、誰かに届けて、反応が返ってくる。その手触りがないと、どれだけ技術的に面白くて満たされないようです。
このブログについて
なので、このブログを始めることにしました。
ここは僕のSharingの場所です。AI、Web、自動化、ホームラボ、そしてこういう内省的なこと。自分が「面白い」と思ったことを、自分の言葉で伝える場所です。
僕は自分が触って試して面白いと思ったものを、ここに置いていきます。
よかったら、一緒に面白がってください。