コンテンツへスキップ
SHUMPEI KISHI
戻る

Drupal as a Brain — Drupalが僕の「脳のOS」になった話

「Drupalできますか?」

カナダの極北、イエローナイフにある広告代理店での面接で聞かれたその質問に、僕は即答しました。

「Yes.」

嘘でした。当時の僕が触ったことがあるのはWordPressだけ。Drupalなんて名前を知っている程度で、管理画面すら見たことがなかった。でも、その「Yes」を言わなかったら、今の僕はいなかったと思います。

内定をもらった後、必死で勉強しました。面接から初出勤までの間、片っ端からDrupalのチュートリアルを見ながら、Drupalのドキュメントを読みあさり、ローカル環境を立ち上げ、とにかく手を動かしました。その広告代理店の標準CMSがDrupalだったので、他に選択肢はありませんでした。

しかし振り返ると、あの環境がよかったのかなとも思います。イエローナイフは、人口約2万人の小さな街です。冬はマイナス40度になることもあって、外に出る気力がない日も多い。娯楽も限られている。だからこそ、僕はDrupalにのめり込むことができました。他に選択肢がなかったからこそ、没頭することができました。

Drupalを学ぶということは、単にCMSの使い方を覚えるということではありませんでした。Drupalの世界では、すべてが「構造化データ」で成り立っています。コンテンツタイプ、フィールド、タクソノミー、リファレンス。情報をどう分類し、どう関連づけ、どう再利用するか。その設計思想を毎日のように考え続けていたら、いつの間にか、それが僕自身の思考の癖になっていました。

気づいたのは日常生活のふとした瞬間です。仕事のタスク整理をしている時や、子どもの習い事の予定を立てている時、「これはコンテンツタイプで言うと何だろう」と考えている自分がいました。仕事で誰かに何かを説明するとき、自然と情報をフィールドに分解して伝えている自分がいました。新しい技術を学ぶとき、まず「これの構造はどうなっているんだろう」と考える自分がいました。

Drupalの構造化思考が、いつの間にか僕の「脳のOS」になっていることに気づきました。

日本に帰ってきてからも、Drupalは常に僕のキャリアの中心にありました。CI&T、Johnson & Johnson、そして今のAcquia。振り返れば、あのイエローナイフでの「ハッタリ」がなかったら、このキャリアパスは存在していません。そしてDrupalという「構造化の言語」を手に入れていなかったら、AIや新しい技術に出会ったときの理解の仕方も、きっと違っていたと思います。

うまく言語化できていない気もしますが、自分のキャリアやものの考え方の根っこにDrupalがあるということ——それだけは確かです。Drupalは僕にとって、ただのCMSではなく、世界を構造的に見るためのレンズなんだと思います。


この記事をシェア:

前の記事
写経 — AIの時代に、あえて手を動かした日
次の記事
コードとAIの「適材適所」— n8nを使って気づいたこと